昔話:「幼子、泣く幼稚園の先生を処置室から出す」

Moiraの記憶

母に言わせると、私は幼いころ、ずいぶん「トロい子供」だったらしい。

これは、まだ3歳くらいのころの話。

もちろん、私自身がすべてを覚えているわけではない。

あとから母や幼稚園の園長先生から聞いた話と、自分に残っている記憶をつなぎ合わせた昔話である。

3歳児、あごを切る

何がどうなったのかは、もうよく覚えていない。

何かの加減であごをぶつけて、切ってしまったようだ。

当然、病院へ運ばれることになった。

そして処置をするため、私は処置室へ入ることになった。

ところが、幼稚園の先生は一緒には入れない。

まだ3歳である。

先生は心配したらしい。

「先生、この子はまだ3歳なんです! 一人で行かせるなんて!」

けれど、私は子供のころから病院には比較的慣れていた。

そこで先生に、

「先生、〇〇ちゃんは大丈夫だから、待っててね」

と言って、一人で処置室へ入っていったという。

園長先生によれば、ずいぶん気丈に見えたらしい。

本人としては、たぶん普通に入っていっただけなのだが。

そして、よく分からない

ここからは、私にも少し記憶がある。

目が覚めたとき、白い布をかぶせられていた。

それが外された。

そして、よく分からないうちに先生の車に乗っていた。

大変なことが起きた。

――という記憶ではない。

私が気になっていたのは、別のことだった。

上履きのまま来てしまった。

お行儀が悪いな。

そんなことを思っていた。

あごを切って病院で処置を受けた3歳児が、帰りの車で気にしていたのは、どうやら自分の履物だったらしい。

一方、先生は

あとになって先生は、母にも謝っていたという。

「大切なお嬢さんのお顔に傷をつけてしまって申し訳ございません。そんな状態なのに私を励ましてくれて!」

ずいぶん気にしてくださっていたようだ。

母は傷を見た。

確かに顔ではある。

けれど、見てみれば唇で隠れる程度だった。

そこで母は、

「唇で隠れるので大丈夫ですよ」

と言った。

先生を励ました3歳児。

傷を見て「唇で隠れるので大丈夫」と答える母。

たぶん先生が、この一件でいちばん大変だった。

そして私はというと、

上履きのまま車に乗ったことを気にしていた。

昔のことを思い返すと、大人が覚えている「大事件」と、子供本人が覚えていることは、案外まったく違うものである。

私にとってこの日の記憶は、あごの傷よりも、

「上履きのまま来ちゃった」

なのである。

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