これは、私が子どもの頃に起きた話です。
ただし、当時の私は知りませんでした。
大人になってから聞いた話です。
私の父には、不倫相手がいました。
まあ、その後いろいろありまして。
父は家を出て、その女性と再婚することになります。
異母弟も二人おります。
そのあたりのお話は、また別の機会にするとして。
今日のお話は、まだ父が家にいた頃。
一本の留守番電話のテープのお話です。
今の留守番電話とは違います
若い方には説明が必要かもしれません。
昔の留守番電話は、今のようにデジタルで録音されるものばかりではありませんでした。
中に小さなカセットテープが入っていて、そこへ音声を録音するものがありました。
つまり。
録音できる量には、物理的な限界があります。
テープが終われば、おしまい。
そんな時代のお話です。
父の浮気相手は、父に会えなかったのでしょう。
電話をかけてきました。
けれど、父はいない。
電話に出る者はいない。
留守番電話につながる。
そこで彼女は、歌を流しました。
『恋に落ちて』を。
一度ではありません。
もう一度。
そして、また。
どれほどの時間だったのでしょう。
結果だけ申し上げます。
留守番電話のテープがなくなるまで録音されていたそうです。
怖い。
長い休み、そこには魔物が住んでいる
恋をしている人にとって、
「会えない」
というのは、ときに大変なことなのでしょう。
今ならLINEがあります。
メッセージを送れば、既読がつくこともある。
SNSを開けば、相手が何をしているのか少しくらい分かることもあるでしょう。
けれど、当時は違います。
電話をかける。
出ない。
それで終わり。
相手がどこにいるのかも分からない。
何をしているのかも分からない。
だからといって。
テープ一本使い切るまで歌う必要があるのか。
そこについては、私は何とも申し上げられません。
恋とは恐ろしいものです。
そして娘は大人になった
この話を私は、大人になってから聞きました。
「そんなことがあったの?」
という話です。
そして父も、もう亡くなりました。
亡くなった人のことは、すべて美しい思い出にしてあげるべきなのでしょうか。
私は、そうでもないと思っています。
あったことは、あったことです。
父には父の人生がありました。
母には母の人生がありました。
そして娘には、
娘なりの供養があります。
私は毎年、お盆になるとカンテラを灯します。
蝋燭は危ないので使いません。
魂のありかは自由です。
来たい者は、来ればいい。
父も来ます。
猫も来ます。
姿まで見せなくて構いません。
気配だけで十分です。
そして線香を焚きます。
父の写真も飾ってあります。
位牌もクリスタルで戒名を勝手につけ、おいてあげました。
猫の仏壇に。
なかなか手厚いでしょう。
孝行娘なので、歌も歌います
せっかくですから、父には歌も捧げます。
ただし。
あの『恋に落ちて』を、そのまま歌うほど私は素直な娘ではありません。
替え歌です。
不倫相手の行いを、事実に基づいて歌います。
供養です。
ええ。
供養ですとも。
父に異議があるのなら、直接申し立てていただきたい。
お盆に来てもいい。
待ちきれなければ、
ハロウィーンにでも出ていらっしゃいませ。
お待ちしておりますわぁ~~~~~~~~~~。
それでいい
父との間には、いろいろありました。
笑って話せるようになるまでには、ずいぶん時間もかかりました。
だから、この話から何か壮大な教訓を作ろうとは思いません。
不倫には宇宙からの意味があった。
この出来事によって魂が成長した。
そんなことを私が勝手に言う必要もありません。
父がいた。
浮気相手がいた。
留守番電話があった。
そして、
テープがなくなるまで歌が入っていた。
それだけです。
怖いものは怖い。
ただ、何年も経った今なら笑って話すこともできます。
お盆になればカンテラを灯す。
父と猫は来る。
それでいい。
気配だけで構わない。
父よ。
今年も歌は用意してあります。
悔しければ、どうぞ。
聞きにいらっしゃいませ。

