9月29日は「招き猫の日」。
「くる(9)ふ(2)く(9)」――来る福の語呂合わせから制定された日です。
商店の店先。
飲食店のレジの横。
神社やお寺。
昔ながらの家の玄関。
片手を上げた猫を、どこかで一度は見たことがあるでしょう。
招き猫。
福を招く猫。
商売繁盛を招く猫。
人を招く猫。
あまりにも見慣れているので、
「まあ、縁起のいい猫だよね」
くらいで通り過ぎてしまいます。
でも。
よく見てください。
右手を上げている猫もいれば、
左手を上げている猫もいる。
白い猫もいる。
黒い猫もいる。
金色の猫までいる。
小判を持っているものもいれば、何も持っていないものもいる。
そもそも――
なぜ猫が、人を招いているのでしょう。
今日は少しだけ、
猫についてお話ししましょう。
……猫ですから。
途中で予定どおり進まなくても、
それは仕方ありません。
右手と左手、何が違う?
招き猫について最も有名なのが、
上げている手によって、招くものが違う
という話でしょう。
一般には、
右手を上げた猫は、お金や福を招く。
左手を上げた猫は、人や客を招く。
とされています。
だから商売をしている店なら、
「お客様に来てもらいたい」
と左手を上げた猫を置くことがあります。
一方で、
「金運や幸運を招いてほしい」
なら右手。
では、
両手を上げれば最強なのでは?
そう考えた人も当然いたのでしょう。
実際、両手を上げた招き猫もあります。
金も来い。
人も来い。
福も来い。
全部来い。
非常に欲張りです。
私は嫌いではありません。
ただ、両手を上げる姿が「お手上げ」に見えるため、縁起を気にして好まない人もいます。
福を招こうとして、
「もう無理です」
になってしまった。
縁起物というものは、なかなか難しいものです。
手は高いほうがいいの?
これも招き猫を見ると違いがあります。
耳の横くらいまで手を上げた猫。
頭よりずっと高く手を伸ばした猫。
これにも、
手が高いほど遠くの福を招く
という意味付けがあります。
近くの客を招く。
遠くから客を招く。
遠くの福まで引き寄せる。
なるほど。
しかし、本物の猫を飼っている人なら別のことを考えるかもしれません。
猫が何もない空間へ向かって、
じーっ。
そして、
スッ……
と手を伸ばす。
人間「何がいるの?」
猫「…………」
人間「ねえ、何がいるの?」
猫「…………」
お願いだから答えてください。
招き猫が何を招いているのかより、
本物の猫が何を見ているのかのほうが怖いことがあります。
白、黒、金――猫の色にも意味がある
現在の招き猫には、さまざまな色があります。
もっとも伝統的なのは白や三毛。
白は福や開運。
黒は魔除け・厄除け。
金色は金運。
赤は病除けや健康。
ピンクなら恋愛。
緑なら学業。
青なら安全。
……などなど。
ただし、ここは注意が必要です。
これらすべてが昔から同じ意味で存在したわけではありません。
現代になって商品として多様化する中で、新しい色と意味も増えていきました。
だから、
「古来よりピンク色の招き猫は恋愛運を司っており――」
などと言い始めると、少々怪しくなります。
昔の日本人が、
「恋愛運にはピンクの猫じゃ」
と並べていたわけではありません。
伝統は伝統。
現代の縁起物文化は現代の文化。
そこは分けて楽しめばいいのです。
なぜ、猫なのか
さて。
ここが一番面白いところです。
招き猫の起源には、いくつもの説があります。
有名なのは豪徳寺。
猫が手招きをしたため、その方向へ向かったところ、雷雨を避けることができた――という伝承と結びついて語られることがあります。
ほかにも、
今戸。
自性院。
さまざまな土地に招き猫の起源伝承があります。
つまり、
「ここが絶対に最初です」
と簡単には決められません。
けれど、どの伝承を見ても面白いのは、
猫がただそこにいるだけではないこと。
人間が猫の仕草を見て、
「招いている」
と解釈したことです。
猫が顔を洗う。
前足を上げる。
こちらを見る。
人間には、それが、
「おいで」
に見えた。
猫本人がどう思っていたのかは分かりません。
おそらく、
「顔が痒い」
くらいだった可能性もあります。
しかし人間は、そこへ意味を見つけました。
猫は、人間に意味を与えられてきた
猫という動物は不思議です。
かわいい。
柔らかい。
気まぐれ。
静か。
夜になると目が光る。
暗闇の中を音もなく歩く。
何もない場所をじっと見つめる。
突然走る。
そして何事もなかったように寝る。
人間と一緒に暮らしているのに、
完全に人間側のものになったようには見えない。
犬とはまた違う距離があります。
だからでしょうか。
猫は世界各地で、
神聖なものになったり、
魔女と結びつけられたり、
幸運の象徴になったり、
不吉なものにされたり、
さまざまな意味を背負わされてきました。
でも猫本人は、
たぶん何も気にしていません。
人間「あなたは神聖な存在です」
猫「ご飯」
人間「魔女の使いです」
猫「ご飯」
人間「福を招いてください」
猫「ご飯」
強い。
では、猫はタロットになれるのか
なれます。
少なくとも、
私はしてしまいました。
私は絵を描くことができません。
けれど、
「こんなタロットがあったらいいな」
と思いました。
だったら、
作ればいい。
今はAIに、
「こういう背景にして」
「猫はこうして」
「このカードなら、こういう場面」
と伝えて、絵を作ってもらうことができます。
もちろん、それだけでカードになるわけではありません。
出来上がった絵を一枚ずつ載せ、
枠へ合わせ、
番号を入れ、
日本語名を入れ、
英語名を入れる。
そうやって、
猫のタロットを作りました。
今日は、その中から少しだけ。
Ⅰ 魔術師 ― The Magician
最初は、
魔術師。
本が開かれています。
蝋燭が灯っています。
そして、その前に猫。
前足を伸ばして、
何やら本当に魔術を使っているように見えます。
タロットの魔術師は、
意志。
創造。
始まり。
自分の持つものを使って、何かを生み出す力。
そんな意味を持つカードです。
そして猫は――
……。
妙に似合う。
何かを知っていそうです。
人間には教えてくれないだけで。

Ⅶ 戦車 ― The Chariot
続いて、
戦車。
本来なら、意志をもって進む力。
相反するものを制御しながら前進するカードです。
そして我が家の戦車には、
猫が三匹。
……。
統率できるのでしょうか。
一匹なら右へ。
一匹なら左へ。
もう一匹は、
「今日は行きたくない」
と言い出すかもしれません。
戦車の意味が急に難しくなりました。
タロット史上、
もっとも御者の能力が試される戦車かもしれません。

XIV 節制 ― Temperance
節制。
調和。
バランス。
異なるものを混ぜ合わせる。
極端に走らず、
穏やかに整える。
そのカードに描いたのは、
自然の中で過ごす猫たち。
……そして、
毛繕い。
猫という生き物は、
自分の身体を整えることについては非常に真面目です。
人間が、
「今日は疲れたから、そのまま寝よう」
などと言っている横で、
猫はせっせと身体を整えます。
もしかすると、
節制について説教されるべきなのは人間のほうかもしれません。
鈴「週休二日」
……。
今、何か聞こえましたが、
気のせいでしょう。

XVI 塔 ― The Tower
そして、
塔。
タロットを知らない人でも、
なんとなく怖そうだと思うカードでしょう。
崩壊。
衝撃。
突然の変化。
今まで成り立っていたものが、一気に壊れる。
そんな象徴を持っています。
私のカードを見ると――
倒れています。
そして、
猫が二匹います。
以上です。
犯人について説明する必要がありません。
猫A「知らない」
猫B「最初から倒れていた」
人間「さっきまで立ってたよね?」
猫A「知らない」
猫B「見ていない」
塔。
完璧です。

XVII 星 ― The Star
塔の次に現れるのが、
星。
希望。
癒やし。
導き。
暗い夜の中に見える光。
猫は光へ向かって身体を伸ばしています。
届くのか。
届かないのか。
それでも、
手を伸ばす。
猫にとっては、
ただ光が気になっただけかもしれません。
でも、人間はそこに意味を見る。
希望へ手を伸ばしている。
そう見えるなら、
それでいいのかもしれません。
タロットとは、
絵を見る人間の心も映すものだから。

XVIII 月 ― The Moon
そして、
月。
夜。
無意識。
不安。
曖昧さ。
見えているようで、
すべては見えない世界。
そこに猫。
月を見上げ、
前足を伸ばしています。
人間なら、
「届かないものへの憧れ」
などと言うのでしょう。
猫なら、
「あれ、叩けそう」
かもしれません。
月「やめて」
猫「チョイチョイ」
月「やめなさい」
猫「チョイチョイ」
人間が何千年も見上げて、
神話を作り、
詩を作り、
占いを作ってきた月へ、
猫は容赦なく猫パンチを繰り出します。
私は、
そういうところが好きです。

招き猫は、何を招いているのだろう
ここまで来て、
もう一度、招き猫へ戻りましょう。
右手なら金運。
左手なら人。
黒なら魔除け。
金なら金運。
さまざまな意味があります。
けれど、
猫が本当に何かを招いているのかは分かりません。
人間が、
猫の姿に「福を招くもの」という意味を見つけた。
それは確かでしょう。
同じように、
私は猫を見て、
魔術師にしました。
戦車に乗せました。
節制にしました。
塔を倒させました。
星へ祈らせました。
月へ手を伸ばさせました。
猫そのものは、
何も変わっていません。
変わったのは、
人間が猫を見るときの物語です。
猫は福を招くのか
さて。
最初の質問へ戻ります。
猫は本当に福を招くのでしょうか。
私は、
「招き猫を置けば必ずお金が入ります」
とは言いません。
そんなことが確実なら、
日本中が招き猫だらけになっています。
でも。
家へ帰ったとき、
猫がいる。
寝ている。
突然走る。
変なところに入る。
こちらを見て鳴く。
邪魔をする。
何もしていないのに笑わせる。
ときどき、
ものを落とす。
そして、
人間が落ち込んでいることなど知らない顔で、
いつものようにそこにいる。
それを、
福
と呼ぶ人はいるでしょう。
だったら、
猫は確かに福を招いているのかもしれません。
ただし。
我が家の場合、
もっと確実に招くものがあります。
猫「にゃー」
私「どうした?」
猫「にゃー」
私「……ご飯?」
猫「にゃー!」
はい。
猫が最も高確率で招くもの。
それは――
ご飯を持ってくる人間です。
招き猫ではありません。
人間のほうが、
招かれています。
そして人間は今日も、
「はいはい」
と言いながら立ち上がるのです。
猫は満足そうにこちらを見る。
右手も、
左手も、
上げてはいません。
それでも人間は来ました。
……。
本物のほうが強いじゃないか。
掲載画像について
この記事に掲載した猫のタロットカードは、自作したものです。
私は絵を描くことができないため、カードごとの背景や猫の姿、場面などを指定してAIで画像を制作し、その画像を使って一枚ずつカードとして仕上げました。
「猫なら、このカードをどう表現するだろう」
そんなことを考えながら作ったものです。
ですからこれは、
昔から伝わる猫タロットではありません。
私が猫とタロットを眺めて作った、私のカードです。
そして作って分かりました。
魔術師も、
星も、
月も似合う。
でも一番説明がいらなかったのは、
やっぱり、
《塔》でした。
猫がいる。
塔が倒れている。
それ以上の説明が必要でしょうか。
私は必要ないと思います。
猫「知らない」
――だそうです。

