「先生、彼と結ばれるように祈ってください」
はい。
「彼が私だけを見るようにしてください」
……少し待ちましょう。
「彼とあの女性の縁を切ってください」
さらに待ちましょう。
祈願祈祷をしていると、
願いは、どこまで願っていいのか。
という問題にぶつかることがあります。
好きな人と結ばれたい。
夫婦関係を修復したい。
別れた人ともう一度話したい。
仕事がうまくいってほしい。
家族が穏やかに暮らせますように。
人は、いろいろなことを願います。
願うことそのものを、私は悪いとは思いません。
けれど、その願いの中に別の人間が入ってきたとき、少し話が変わります。
「彼と結ばれたい」は誰の願い?
彼が好き。
一緒にいたい。
もう一度会いたい。
これは、あなたの願いです。
あなたが何を願うのかは、あなた自身のものです。
だから、
「彼と結ばれますように」
と祈ることもできるでしょう。
では、
「彼が私だけを好きになりますように」
となったら?
言葉は似ています。
でも、そこには彼の心があります。
さらに、
「彼があの人を嫌いになりますように」
となれば、今度は第三者の心まで登場します。
さて。
その人たちの意思は、誰のものでしょう。
私は、人の意思まで自分のものにはしない
前回、エンジェルナンバーについて書きました。
1111を見た。
だから彼は私を好き。
私は、そこを分けます。
夢に彼が出てきた。
だから彼も私を想っている。
それも分けます。
理由は同じです。
彼の意思は、彼のものだから。
祈願祈祷でも変わりません。
祈りという言葉を使った瞬間に、他人の意思を自由に扱ってよくなるわけではありません。
私は、
「あなたの心をこちらへ向けなさい」
と、人の心を所有するために祈るものではないと思っています。
では、恋愛の祈願はできないの?
そんなことはありません。
私はもっと、
その人にとって良い縁が動くこと
を見ます。
彼との間にまだ縁があるのなら、その縁が良い方向へ流れるように。
話すべきことがあるなら、話せる機会が訪れるように。
互いに誤解しているなら、それが解けるように。
そして、もし違う道へ進むべき時が来ているのなら、その人自身がそれを受け止められるように。
ここで大切なのは、
結果を一つに固定しないこと。
「絶対にこの人でなければならない」
ではなく、
「私にとって良い縁へ進めますように」
と祈る。
同じ恋愛祈願でも、ずいぶん違います。
縁切りは悪いものなのか
では、
縁を切る
という祈願はどうでしょう。
「縁切り」と聞くと、少し怖いものを想像する人もいるかもしれません。
でも、切りたい縁は恋敵だけではありません。
自分を苦しめ続ける関係。
悪習慣。
執着。
何度やめようと思っても戻ってしまうもの。
自分自身を傷つける考え方。
そういうものから離れたいと願うことも、縁切りでしょう。
だから、
切ることそのものが悪いわけではない。
剣について祖母から、
「剣は、邪を切る」
と教わりました。
何を切るのか。
そこが大切なのです。
「あの女を消してください」は違う
恋愛相談ですから、時には非常に強い言葉も聞きます。
「あの人さえいなければ」
「別れさせてください」
「不幸になればいい」
苦しいのだと思います。
腹も立つでしょう。
悔しいでしょう。
その感情まで、
「そんなことを思ってはいけません」
と私は叱りません。
人間ですから。
ただし、
その感情をそのまま祈願にするかどうかは別です。
怒っているときほど、私は祖母の言葉へ戻ります。
常に平静であれ。
怒りの勢いで剣を持たない。
憎しみの勢いで何かを切ろうとしない。
祈る側まで、その感情に飲み込まれない。
そのための「平静」でもあるのでしょう。
祈願は、命令ではない
私は祈願を、
世界への命令
だとは考えていません。
これをよこせ。
あの人をこちらへ向けろ。
邪魔な人をどかせろ。
そういうものになった瞬間、
祈りよりも、
支配
に近づいていきます。
祈ること。
願うこと。
誰かを思うこと。
そして、誰かを自分の思い通りにしようとすること。
境界は、ときに曖昧です。
だからこそ、自分で見失わないようにする。
願いの中心には、誰がいる?
恋愛祈願をするとき、一度だけ考えてみてください。
その願いの中心にいるのは誰でしょう。
彼?
恋敵?
元恋人?
それとも、
あなた自身?
彼がどうなるかばかりを願っているうちに、自分がいなくなっていませんか。
彼が振り向けば幸せ。
彼から連絡が来れば幸せ。
彼があの人と別れれば幸せ。
それでは、あなたの幸せの鍵を全部、彼に預けることになります。
私は、祈願をするなら、
あなた自身が良い方向へ進むことも一緒に願いたい。
自分のために祈る
これは、わがままではありません。
自分が穏やかでいられますように。
良い縁を見極められますように。
必要なときに動く勇気を持てますように。
終わったものを手放す力を持てますように。
そして、
大切な人と互いの意思で結ばれることができたなら、
その縁を大切にできますように。
私は、そういう祈りが好きです。
誰かの心を奪って持ってくるのではなく、
自分の人生を、自分で生きられるように祈る。
常に平静であれ
鈴は、音で払う。
剣は、邪を切る。
そして、
常に平静であれ。
祖母から教わったこの言葉を、私は何度も書いてきました。
力が大きくなったと感じるときにも。
形代を扱うときにも。
何かを送り出し、戻すときにも。
そして、人の願いを預かるときにも。
平静であること。
それは、感情を持たないことではありません。
怒ってもいい。
泣いてもいい。
恋をしてもいい。
どうしても叶ってほしいと願う夜があってもいい。
ただ、
その感情に、他人の人生まで渡さない。
あなたの意思は、あなたのもの。
彼の意思は、彼のもの。
そして私は、
その二つを消してしまうためではなく、
それぞれが良い方向へ進めるように祈ります。
次回――連休が終わる夜
長い休みには、魔物が住んでいます。
会えると思っていたのに、会えなかった。
連絡が来ると思っていたのに、来なかった。
反対に、思いがけず会えた。
止まっていた関係が突然動いた。
そして休みが終わる夜、
人は考え始めます。
「結局、私たちはどうなるの?」
月模様、恋模様。
長い休みの最後に、
もう一度そこへ戻りましょう。
次回、
「連休が終わる夜――魔物は日常へ帰るのか」

