ある日、弟子からSOSの電話がありました。
「ぼっちゃんの書類一式が消えてしまいました」
なんですって。
学校の資料で、なくすと困るものらしい。
どこかにしまったはずなのに、いくら記憶を辿っても出てこない。
家の中を探しても見つからない。
さて、どこへ行ってしまったのか。
失せ物は、普段あまり見ません
失せ物を占うことについては、少し慎重にしています。
何でもかんでも、
「なくなったから見てください」
と言われて見るわけではありません。
けれど、今回は悪いものでもありません。
弟子とは長い付き合いです。
ぼっちゃんのことも、生まれた頃から知っています。
なくなったのは学校の書類。
まあ、それなら。
近所のおばちゃんが一緒に探すくらいの気持ちで、ちょっと見てみることにしました。
「いつもにはない、暗い場所」
見てみると、
いつもにはない、暗い場所にある。
そんな感じがします。
とはいえ、それだけでは分かりません。
暗い場所なんて、家の中にいくらでもあります。
そこで弟子に、家の間取りを聞きました。
一つずつ潰していきます。
こっちではない。
ここでもない。
遠い部屋から、少しずつ近くへ寄っていく。
そうやって場所を絞っていきました。
そして最後に、
「クローゼットの中じゃない?」
というところまで辿り着きました。
その場では、それで電話を終えました。
あとは探してみてもらうしかありません。
そして、その日の午後
弟子から連絡が来ました。
「無事見つかりました!」
あら。
よかった、よかった。
やっぱり、クローゼットにあったそうです。
占い師を長くやっていても、こういうときは、
「本当にそこにあったのね」
と思います。
当たれば、そりゃあ嬉しい。
でも、この話はこれでおしまいです。
見つかったんだから、それでよし
ここから、
「なぜ書類をなくしたのでしょう」
とか、
「この出来事には、あなたへのどんなメッセージが――」
なんて話を始める必要はありません。
知りません、そんなもの。
ぼっちゃんの書類がなくなった。
弟子が困っていた。
一緒に探してみた。
クローゼットにあった。
めでたし、めでたし。
それでいいのです。
占いというと、
人生を左右するものだったり、
未来を予言するものだったり、
何かと大げさなものとして扱われることがあります。
もちろん、そういう相談を受けることもあります。
けれど、いつでもそんなに大仰である必要はないでしょう。
困っている人がいて、
「ちょっと見てくれる?」
と言われて、
「どれどれ」
と覗いてみる。
役に立ったなら、それでよし。
少なくとも、この日の私は、
神秘の扉を開いて宇宙の真理を探っていたわけではありません。
弟子と一緒に、ぼっちゃんの書類を探していただけです。
そして、その日の午後には無事に見つかった。
こんな占いもあります。
たぶん私にとって占いは、
このくらい日常の中にあるものなのでしょう。
「あった? よかったわねぇ」
それで、おしまい。

