私が占いを教えようと思った理由

Moiraの記憶

はじめから、占いを教えようと思っていたわけではありません。

きっかけは、ひとりの同僚からの相談でした。

奥様が出産を終えたばかりで、知らない土地で、生まれたばかりの赤ちゃんと二人で過ごしている。

どうも産後鬱になりそうで、このままでは心配なのだ、と。

「話を聞いてもらえないだろうか」

そんな依頼でした。

実際に奥様と話してみると、とても真面目な方でした。

真面目であることは、決して悪いことではありません。

けれど、真面目だからこそ、

「こうしなければならない」
「母親なのだから」
「ちゃんとしなければ」

そんな“型”から抜けられなくなることがあります。

知らない土地で、初めての子育て。

逃げ場も少なかったでしょう。

ずいぶん苦しかったのではないかと思います。

最初にしたのは、占いではありませんでした。

まずは話を聞きました。

いわゆるカウンセリングのようなところから始まり、その後、少しずつ占いを交えていきました。

そのうち、何が彼女の琴線に触れたのか。

彼女は、はたりと涙を流しました。

あれが苦しみの涙だったのか。

それとも、何かから解放された涙だったのか。

今でも私には分かりません。

分からなくてもいいのだと思っています。

その頃にはもう、彼女と私は「先生と生徒」ではありませんでした。

占う人と、占われる人でもなかった。

たぶん、良き友人だったのでしょう。

やがて彼女自身が、タロットを覚え始めました。

覚えが早く、とても真面目な人です。

あっという間に、自分でカードを扱えるようになりました。

そして今度は、ご主人のほうに問題が起きました。

まったく別の世界へ転職し、完全出来高制の営業職へ。

営業の中でも、かなり厳しい世界です。

「どうしたらいいでしょうかね?」

そう聞かれて、私はひとつヒントを出しました。

奥様からタロットを習ってみたらどうか、と。

そして営業先で、

「商品についても勉強中ですが、占いも練習中の初心者マークです」

くらいのところから、人と話をしてみたらどうか。

最初から「買わせよう」と身構えて向き合うより、占いをきっかけに相手の話を聞く。

相手もこちらの話を聞いてくれる。

その中で関係ができれば、商品にも興味を持ってくれるかもしれない。

ただし、人の好意につけ込んで売るのではなく、仕事をする以上は中途半端にせず、
きちんと仕事として向き合うこと。

そんな話をした覚えがあります。

夫婦には、こうも伝えていました。

何かあれば、それぞれ別々に私へ連絡してきて構わない。

ただし、一方から聞いた話を、もう一方へ漏らすことはしない。

夫婦であっても、それぞれ別の人間だからです。

その後、この夫婦にはいろいろありました。

奥様の逆鱗に触れ、ご主人が仕事を辞めて実家へ戻るか、
離婚するかというところまで行ったこともあります。

私は離婚届の証人欄に、名前を書いて印鑑まで押しました。

結局、彼女は故郷へ帰りました。

そして、その後。

彼女は自力で、

「趣味でタロットを覚えたい」

という人を十人ほど集めました。

自分で教えて、宿題の添削だけ私に回し、その分のマージンを払う。

そんな仕組みを勝手に作ってしまったのです。

聞いた私は、

「そんなことまでできるようになったのか」

と思いました。

今では営業の仕事もしています。

もしかすると、ご主人より向いているかもしれません。

人生とは分からないものです。


私は、この経験から「占いを教える」ということを考えるようになりました。

カードの意味を暗記させることが、教育ではありません。

先生と同じ読み方ができる人間を作ることでもありません。

まして、先生がいなければ何も判断できない人を作ることではない。

最初に出会った頃の彼女は、知らない土地で、生まれたばかりの子供を抱え、
身動きが取れなくなっていました。

私は彼女の人生を変えていません。

彼女の代わりに何かを決めたわけでもありません。

ただ話を聞いて、占いを教え、必要なところだけ手伝った。

あとは彼女自身が覚え、考え、人を集め、仕組みまで作って、自分で歩いていったのです。

それでいい。

むしろ、それがいい。

教えた人が、いつまでも私の後ろを歩いている必要などありません。

私が思いつかなかったことを始めてもいい。

私より上手くやることがあってもいい。

その人なりのやり方を見つけて、自分の足で立てるようになればいい。

困ったときだけ、

「ちょっと聞いていい?」

と帰ってくればいいのです。

だから、ノルニルの学び舎にはひとつの考えがあります。

一人で立てる人を育てる。
でも、一人にはしない。

振り返ってみれば、この考え方は、学び舎を作るずっと前からあったのでしょう。

私が最初に教えたかったのは、占いではなかったのかもしれません。

自分の人生を、自分で歩いていくための方法。

たまたま、そのとき私の手の中にあった道具が、タロットだっただけなのだと思います。

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